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秋田の伝統野菜:秋田蕗

秋田の伝統野菜:秋田蕗

キク科フキ属の一種で、仁井田地区で栽培されている秋田市の特産品です。 民謡「秋田音頭」にも「秋田の国では、雨が降っても唐傘などいらぬ。手ごろな蕗の葉さらりとさしかけ」とうたわれる秋田蕗は、茎の長さが約1.5メートル、 

茎の直径が5センチ、また円形の葉は直径が約1.3メートルと、 長大なことで知られています。トトロの傘のようなイメージだと思います。 

北海道及び東北に自生していた記録はありますが、 今では栽培しているもの以外はほとんど姿を見ることができません。 

また、高温で乾燥した地面に植えられ囲いなどもない場合半分にも成長しないため、 秋田以外でなかなかお目にかかることができないようです。 

土壌条件や栽培方法など秋田蕗は大変手間がかかる伝統野菜です。 

その秋田蕗は茎の部分を食用として利用される場合もありますが 肉質が粗く繊維が多いため、 

砂糖漬けに加工されて出荷され、土産用に販売されているようです。 

秋田蕗の収穫は、例年6月中旬に行われています。 秋田ふき粉会ikuko3316yahoo.co.jp 

では、市民参加型の秋田ふき刈り体験をやっており、 第六次産業化や秋田蕗の認知度を増やす努力をしております。 

また、食用以外に工芸品「秋田蕗摺(あきたふきずり)」の材料としても使われています。 「秋田蕗摺」は、秋田蕗の葉脈や茎の細かい筋を布や紙に鮮明に刷り込む染色工芸です。1862年(文久2年)、宮越精次郎が考案し、 

ふすま、ふろしき、建具、屏風、衝立、日傘などに用いられています。  176_1_20090423171637.jpg

山形の伝統野菜:庄内地方の柿

山形の伝統野菜:庄内地方の柿

 

少々柿のシーズンから遠のいたのでしょうか?でも、あんまりおいしい柿だったので、ご紹介させていただきます。それは山形県の庄内地方での柿なのです。その名を庄内柿と言いますが、別名、平種無し柿とも言われていて、JA庄内みどりの「遊佐町庄内柿特別栽培研究会」が育てたものです。メンバーは40歳から60代の7名で結成されていますが、全員がエコファーマーの認定も受けていて、熱心な生産者として働いております。

 

この研究会は2004年に、財団法人山形農業試験センターの呼びかけで始まったものですが、

農薬量をそれまでの半量に減らすことに成功し、それ以来「特別栽培農産物」として、認められているのです。そのうえ生活クラブという生協と提携することで、毒性が高いと言われている農薬についても削減努力を続けた結果、これまでに2種類の農薬を使わない栽培へと転換することにも成功したのです。

 

農薬を削減することは、現在の農業にとっては欠くことのできない努力課題ですが、それを成し遂げるために必要なことは土づくりだと言われています。病害虫に負けない柿を栽培するには、まず、土が健康である必要があるというのです。土を健康にするには、深さ60センチの土中に土壌改良材を入れながら、空気をたっぷり含ませることだと言います。

 

もちろん、化学肥料ではない堆肥や有機肥料を用いて栽培をしたのですが、その結果をご報告しましょう。実は、これらの栽培方法では決して大きな柿にはならないのです。小さくても甘い柿作りが庄内地方の課題となりました。有機肥料の場合は、化学肥料ほど効き目は早くないですが、色や甘さが全く違うと言います。小粒でもおいしい庄内柿は、特にブランデーを使って渋抜きもすることから、丸やかな甘味とジューシーさにあふれ、人気があるのですね。

 

和歌山の伝統野菜:田辺市のミカンジュース

和歌山の伝統野菜:田辺市のミカンジュース

 

伝統産業を守ろうとしても、農業自体が衰退している現在、農産物の伝統を守ることがとても難しいと言われています。ここで取り上げるのは和歌山県田辺市のミカン作りについてですが、この地も農地の宅地化が進み、新旧住民の対立さえ起きていたというのです。それが、地域の将来を見据えて、投資をしながらも新しい事業に取り組みだしたというのです。

 

地域は田辺市の上秋津地区ですが、農地の宅地化が進む中で、地域の住民すべてが参加する形で地域作りをしたわけです。その代表的なのは、それまでの様々な努力の結果、人口が増えてきたここでは学校の移転や増築が行われることになった時、老朽化した学校現場を解体することなく、グリーンツーリズムに活用するなどの事業が始まったことかと思います。

 

その後、宿泊施設と農家レストランの提携などが事業としておこなわれるようになったのですが、これらすべては、まちおこしの一環だとも言えるでしょう。ですが、私はこの地でまちおこしができたのは、伝統産業のミカン作りがあったからではないかと思うのです。和歌山のミカンと言えば、古くは全国に発信されているものでしたが、現在は、輸入品種が増え、どこのミカン農家さんも減収の一途をあゆんでいました。

 

ですが、このミカンから発案したのがジュースです。ミカンジュースはもちろんですが、バイキングにまで登場するスーズは30種類に及び、これらの開発をしたのが、「おれんちジュース倶楽部」という団体でした。農家レストランでの心のこもった料理と一緒に、くだものや野菜の新鮮なジュースは、おそらく日本各地でも珍しいバイキングではないでしょうか。

紅大豆と花つき大根

紅大豆と花つき大根

 

山形県の伝統野菜、紅大豆とはその名の通り、果皮が紅色で大きさはおそらく普通の大豆よりは大きいのではないだろうか。ともあれ、現在は煮豆だけではなく、その利用価値が広がっているのがおもしろいと思う。それは、皮色の特徴を生かす加工技術が進歩したからだと思うが、加工することで天然のピンク色が出現。食品業界から注目を集め、豆腐、菓子など様々な場面で利用されている。収穫は11月になるけれど、乾燥保存が可能になったので、一年中利用できるのもうれしい話だ。

 

 

一方、置賜郡の長井にある花作地区で栽培されている小型大根は、幻の大根と言われるほど生産量が少ない大根です。小型ですので、通常の大根の三分の一ほどの長さしかなく、ずんぐりしたかたちをしています。生産期間が普通の大根より長くかかることが特徴ですので、8月中旬から初霜が降りるまでに収穫期を迎える形を取ります。一番おいしい食べ方は漬物だと言われていますが、実が固く、辛みや苦みも強いので、まずは塩漬けしてから、沢庵やみそつけ、ぬか漬けなどにするのです。

 

 

山形県には他にもたくさんの伝統野菜はあるのですが、紅大豆は山形県川西町の約52ヘクタールの地域で、生産量は約36トンのみ、または、花付き大根は、始まりは江戸時代と言われ、当時の藩主上杉家では非常に喜んだと言います。地名から名がつけられたことから、花付き大根と呼ばれるようになったのですが、よもや、大根に花がくっついているわけではない。現在は、自家用にほんのわずかの生産だと聞いていますが、地元の方の品種保護と普及活動に期待したいものです。

紀ノ川の川べりで

紀ノ川の川べりで

 

和歌山県と言えば、紀ノ川。一度も訪れたことがない和歌山県ですが、今では高齢の母の故郷であり、『紀ノ川』と言う有吉佐和子の長編小説も思い出す。時代背景が戦前からのものであるのは、当然今とは違うが、その頃からもしや、この紀ノ川の川べりでも、伝統野菜の走りがあったのではないかと、興味がそそられた。

 

 

和歌山市はその当時から、砂地が多く、これを利用した野菜の栽培が発達していたとのことだが、現在は、和歌山市の河西地区や布引地区では、ショウガ、大根、ニンジンなどの産地として昔から盛んな土地であったと知った。このような地域特有の野菜が生まれているけれど、これが伝統野菜として、わずかでも残っているのはうれしい話だと思う。

 

 

では、どんな野菜が伝統野菜というかと言えば、まずは、和歌山大根。首が青くなくて、全体が白い大根で、漬物用として古くから人気が高い。青首よりも漬物にした時、おいしいというのだ。

また、まびき菜と呼ばれる葉物は、大根の発芽の後に出てくる本葉の状態のもので、若芽であるので、お浸し、油いためのほかにも味噌汁の具として重宝される、これは、カイワレ大根とは違うところが要注意だとか。さらには、大きさ直径5センチ程度のゲンコベウスイカというのも面白い。

 

 

他の大根で、青身ダイコンというのもあるが、これは、青首が特徴で、小さな細身の大根である。12月末に収穫で、正月用の雑煮用に用いられるそうだ。また、まびき菜、和歌山ではま菜と呼ばれる紀州独特の葉っぱも、同じように正月用の雑煮やあえ物に使われることもあるとのこと。紀ノ川の河川敷のほんのわずかの土地で栽培されているものばかりだが、是非とも伝統野菜として残しておきたいものだと私は思う。

 

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