宮城県の伝統工芸:白石紙子(しろいしかみこ)

紙子の歴史は非常に古く、紙は布よりも風を通さないことから防寒のためなど、様々なことに用いました。。
特に平安時代は仏僧が着用していたことで知られています。
基本的には仏僧が着用していたものでしたが、基本的には希少な高級品として扱われていました。
そんな紙子が白石に姿を見せたのは1650年代のことです。

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引用:https://kacco.kahoku.co.jp/blog/mingei/57392

宮城県の伝統工芸:白石紙子の歴史

文献にのみその名が見られるようになりますが、白石紙子として盛んに生産され始めたのは江戸時代と考えていいでしょう。
もともと和紙の生産が盛んだった白石地方では江戸時代に入ってから紙布や紙子にその盛んになりました。
利用としては、やはり防寒着や武士の夜陣の際の防寒着としてで、江戸時代には一般庶民の防寒着や布団の表地として
他の産地のものと比較してもその品質には定評があった白石紙子でしたが、明治に入り急激に衰退してしまいます。
やがては全く作られなくなってしまった白石紙子でしたが、昭和11年には復興されました

宮城県の伝統工芸:白石紙子の現代の利用方法

世界大戦中は布の代用品として注目されるようになったものの、その後、戦争が終わるがついてまわり、再び衰退してしまいます。
その後、1975年に再び復興されるものの、一般に流通するまでには至りませんでした。
現在は拓本染めの技法創始し、白石独特の白石紙子を生み出したことにより、
工芸品とり、ハンドバッグや名刺入れなどの小物に加工されて親しまれています。