富山県の伝統工芸・地方工芸:富山土人形とは(とやまつちにんぎょう)

富山藩の時代より続く、時代の風俗を取り込んだ手作りの伝統民芸品が、
富山の伝統工芸の富山土人形です。

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富山県の伝統工芸・地方工芸:富山土人形の歴史

土で作った素焼きの人形で、土のにおいがする富山土人形は、
戦前まで7、8軒の製作者が人形作りの技法を伝承し、製作していたが、
富山大空襲の戦災で、ほとんどの人形と製作場が消失し、文化存続の危機になりました。
戦後はオリジナルの技法を学んだ渡辺信秀氏がただ一人文化を継承し孤軍奮奮闘したが
高齢(83歳)、1997年の引退を機に、いよいよ文化廃絶の流れとなった。

富山県の伝統工芸・地方工芸:富山土人形の復興

しかし、伝統技法を後世に残そうと言う機運がたかまり、富山市援助のもと
「富山土人形伝承会」が発足、代々受け継がれてきた伝統技法を、渡辺信秀氏の指導下、同会が継承し、現在にいたる。

富山県の伝統工芸・地方工芸:富山土人形の始まり

そもそも富山土人形は嘉永年間(1848-54)富山十代藩主、前田利保が 名古屋の陶工、
広瀬秀信を呼び寄せ、陶器作りをさせたのが事のきっかけで その秀信の子、安次郎が陶器作りのかたわら、
天神臥牛を焼いて献上したのが始まりと言われています。

江戸時代末期以降、民間信仰、縁起物、子供の玩具としての需要で発展し
明治期に富山土人形は最盛期を迎えたが、大正時代に入ると、
ブリキ、セルロイドと言った新素材の玩具におされ、売れ行きが低迷した。
不安定な職業に職人が遠のくなかで、戦争へ突入して、廃絶の危機になったが
辛うじて継承され今にいたるのが、富山土人形である。