愛知の伝統工芸:尾張七宝


尾張七宝の始まりは1830年頃、梶常吉がオランダ七宝を学んだところから始まったと言われております。
現在も盛んに作られている有線七宝はこの梶常吉が基礎を作りました。
尾張七宝として最も古い作品はこの梶常吉の作として残っている七宝のぐい呑みで、これと最古の物とされています。

こうして尾張の梶常吉によって確立された製法は、素地に金属を使い、その表面にガラ月や風景といった柄を施すことが特徴で、その美しさは今でも職人達の手によって保たれています。
同じ七宝では東京七宝も有名ですが、その製造方法や美しさは全く違い、尾張七宝と区分ができます

その尾張七宝ならではの技術が有線七宝という、図案の輪郭に銀線を施す特殊な技法れる美しい模様こそが尾張七宝の一番の魅力です。
ただし、この銀線は当然のことながら銀を使用しているため、原材料の入手には費用が高騰し困難になってきています。

現在はその美しさが海外でも評価されるほどの尾張七宝ですから、原材料の入手が困難になっても名人達の手によって今でも丁寧に作り続けられています。
ただの工芸品、美術品ではなく、日用品にも応用するなどの商品開発も進んでおり、その広がっていくことでしょう。

愛知の伝統工芸:尾張七宝の特徴


尾張七宝の特徴といえばなんと言っても有線七宝という尾張七宝ならではの独特な技術です。
七宝焼きというと普通は土を形成して焼いて作る焼き物に似ていると思われがちですが属の素地を使います。
その製造工程は素地作りや絵付け、研磨など多くありますが、これら全てが分業となって手作業で丁寧に行います。

多くの職人達が協力し合い、丁寧に手で仕上げていく尾張七宝だからこそ、一つ一つにとれるというわけです。
尾張七宝のもう一つの特徴がその図柄にあります。

花鳥風月や風景をモチーフとした図柄はその鮮やかさが人々の目を引きます。その昔は貴族達の装飾品としてのみ流通していましたが、現在ではその華やかな図柄をな日用品としても作られるようになりました。

ペンダントやイヤリング、指輪といった装飾品はもちろんのことテーブルハンガーや花器万年筆などの文房具も現在では尾張七宝で作られ、日本人観光客はもちろんのこと、海外からきている観光客にもお土産として選ばれています

宝石のような美しい輝きを見せる尾張七宝ですが、有線七宝という技術によって描き出され、宝石では作れない緻密さを併せ持っています。

他の焼き物や宝石にはない緻密で繊細な美しさを持っているのが尾張七宝だといっても
職人の手で丁寧に作り出されるものだからこその美しさ、繊細さが尾張七宝には必要なのは今も昔も同じです。
尾張七宝は江戸時代末期に製法が確立されて以来、職人達の手によってその技術がしも美しい輝きを放つ工芸品として人々に愛され続けています。

そんな尾張七宝の里ともいえる愛知県七宝町には、このような伝統の技術を見学体験が観光客にも人気となっています。

尾張七宝は銀線を使った有線七宝がその一番の特徴で、それこそが現在に伝わる職人技です。
それを見学体験できる場所は貴重だといえるでしょう。

尾張七宝の今後

ですが、現在ではこの有線七宝の技術を持った職人は年々数が減っているというのが事実です
有線七宝に使う銀線の原材料である銀の入手が高価、かつ困難であることもあり、尾張七宝の継承が失われつつあります。
近年では職人の後継者問題も見逃せないかもしれません。

伝統の工芸品だけでなく、現代人の生活に合わせた日用品なども生産している尾張七宝技術者の減少はなかなか歯止めのかからない問題のようです。

特に、職人の中には農家などを兼業しながらもその技術を維持しているという人もいましは熟練した技術を持つ職人が少しずつ数が減っていこうとしています。

尾張七宝の祖である梶常吉はその技術を一子相伝の秘術とし、教えてほしいと通い詰めか伝授しなかったとまで言われている有線七宝の技術の後継は今、最大の危機に瀕しているといってもいいかもしれません

もし、機会があれば尾張七宝を手に取って購入していただければ幸いです。

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